30歳 美活男子の東京徒然日記

30歳男子の東京生活日記です。ただの日記ではなく、色々な情報を発信していきたいと思います!

上京前のお話 ① ~大学時代からイタリア料理に出会うまで~

皆様、こんにちは!

前回書いた通り、このブログは「いかに人生を豊かに生きるか=美活」を基に色々と紹介していく内容にしていきたいと思っています。

ですが、僕のこれまでの事も軽く知って頂けたらなという気持ちで、上京前からブログ開設までの事を小出しでお話ししたいと思います。ほんと、単なるこれまでの自己紹介で役に立つ情報もないのでスルーして頂いて構いません(笑)

 

それでは、今回は大学時代からイタリア料理に出会うまでの経緯を話したいと思います。

ん?イタリア料理との出会い?何の事やらと思うかもしれませんね。実は僕、上京する前までは愛知県にある小さなイタリア料理店で働いていたんです。そしてこのお店との出会いが僕にとって、とても重要な出来事になりました。…順を追って説明します。

 

愛知県在住で学生の時、僕は某大学で英語などの外国語を学んでいました。特にヨーロッパが昔から好きで、在学中にはドイツ留学もしました。そんな大学時代に出会ったのが上京前に働いていた、とある小さなイタリア料理店でした。

ちょうど僕が大学1年の時に出来たお店で、確かオープニングスタッフを地元の求人情報で募集してたんですよね。当時はいくつかバイト探してて、そのお店は家もめちゃめちゃ近くて通いやすいし時給もそんな悪くなかったんで応募したんです。そしたら確か初め拒否られたんですよね(笑)もう募集定員オーバーしたから君いらない、みたいに。電話でですけど。

なんだよそれ!会ってくれてもいいじゃん!募集定員終了したんならさっさと求人取り下げるなり表記するなりしろよ馬鹿!…そんな感じで、初めの出会いは良くなかったんです(笑)まぁ、オーナーは覚えてないと思いますが。

 

それとは平行してほんの少しの間、繁華街でホストのバイトもしてたんです。

当時は「夜王」っていう歌舞伎町を舞台にしたホストの漫画やそれを元にしたドラマが流行ってて、キャッチやバイトの勧誘も全然厳しくなくて、結構気軽に始められる高収入バイトだったんです。能力の歩合制に関わらず、月に9万の基本給は頂けてましたからね…あの頃がホストの全盛期だったのでしょう。

 

でも、いくら稼げるからといっても当時の僕は所詮ただの大学生。親からは、そんな職業は長くは続けられないし、金銭感覚が狂うから止めろと怒られましたし、正直、学業との並行がきつかった。夜のお仕事ですから、夜中ずっと働いてそのまま大学に行くってのが中々辛かったんです。くるくると回る地下鉄の名城線(愛知県の地下鉄の線、JR山手線みたいに円になってる)でずっと寝てましたから(笑)

 

そんな感じで再び別のバイトを探していた頃、一本の電話がかかってきたんです。それがなんと僕を拒否ったあのお店!なんでも急に人が足りなくなったから一度拒否った募集者に声をかけてるみたいでした。実際に僕がその電話に出たわけじゃなく、母親が出て勝手に面接の機会を設けたんです…母はとにかくGoing My Wayな人なのです。

 

僕としては一度拒否られた店に面接になんて行きたくなかった。とはいえ、母が既に面接させるみたいな返答を勝手にしてしまったので、行くしかなかった。テキトーに話してさっさと帰ろーとしか考えてなかったですね。面接もホストかぶれの長髪の金髪にタンクトップの恰好で行きましたからね(笑)落としてくれて結構!という気持ちしかなかったですから身なりなんて気にしませんでした。オーナーも初めて僕を見て、こいつ大丈夫かよ…って思ったみたいですね。まぁ、僕もオーナーのなりを見て、なんだこの人、大丈夫かよ…って思いましたから、お互い様ですよね!

 

さてさて、お互い第一印象最悪でしたが(笑) なんと雇ってくれるとの返答を頂けたので、まぁ試しに働いてみてもいいか、どうせ家からも近いし!と思い、バイトとして働くことになりました。

そんな感じで僕とイタリア料理の出会い、そして上京するきっかけが生まれていくことになります。今でこそ笑いながら振り返られますが、う~ん…改めて書くと人生って何が起こるか分からないもの、そう感じさせられますね。

 

せーいち